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育児は体が資本 (ママの日記)

リボン 1月10日(木) 生後2ヶ月3日 ~ 1月17日(木) 生後2ヶ月10日 リボン

マヤ父から風邪を移されました。かなりやばいですΣ(○>艸<)
10日から熱&お腹ぐるぐるキュー降下

初日は授乳があるからと薬も病院も我慢してしまいましたが、翌日に悪化。
11日、マナに移してはいけないから早く治そうとマナを母に預けアップロードファイルに行きました。

幸いインフルエンザではないとのことで、授乳に影響の少ない薬をいただきました。
しかし、念のため授乳はしばらくお休みでミルクでいくことにしました。


とりあえず、マナに移さないようにお世話もマヤ母とスゥに任せることに。
産後1ヶ月から完全母乳になったマナはミルク&ほ乳瓶を嫌がり、最初は苦戦しましたアップロードファイル

親指しゃぶり


母乳がもらえず、お腹のすいたマナは初めて親指をしゃぶりました。
今までこぶしをなめる程度のことはしましたが、本格的に親指を吸っています・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined
泣きはらした顔が可哀想ですが、薬の入った母乳をあげる訳にはいきません涙
マナも空腹には負けたようで涙を流して泣きながらミルクを飲み始めました。

母親が体調を崩すとシワ寄せが子どもにいくのだと、母と子は一心同体なのだと、
火がついたように泣くマナを見て思いました。


初めての育児でマナにかかりっきりの日々、私自身のことは疎かにしていました。
そのことが今になって悔やまれます(。-´ω`-)

育児とは、体が資本なんですね。

抱っこも一緒に寝るのもお預けで寂しいけど、マナに移さないのが一番なので頑張ります。

とはいえ、もう風邪になって早1週間。
お腹はすぐに治って、熱も下がったけれど咳がひどいですアップロードファイル
マナは、マスクの私を見ては眉間にしわを寄せて悲しい顔をするようになってしまい、
私の母にあやされて満面の笑みをして抱っこをせがむようになってしまいましたぐすん

マナに忘れられないうちに完治したいと思いますアップロードファイルアップロードファイルアップロードファイル

++++++++++

以前、書き溜めておいた日記を手直ししてUPしました。
もしよかったら読んでください。相変わらず、こんなんでごめんなさい・・・

『母乳外来』
『出産予定日』
『初めての小児科』
『パパの替え歌』



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たくさんのありがとうをみなさんに (ママの日記)

ローズ 誕生前後の日記へコメントを下さったみなさんへ ローズ2

 さくらさん・あちゃちゃん・吉宗の母さん・こうめさん・来美ママさん・ゆみちゃん
 ゆっかさん・晴くんママさん・いっちゃんのママさん・かのんさん・おさるさん
 しずくさん・mioさん・たんたまちゃん・yoshikoさん・シナモンちゃん・るり・たらしゃん
 heureux,さん・となふくん・まはるさん・ヨウタカさん・坊ちゃんママさん・まゆみちゃん
 aquaちゃん・れいなママさん・どんままさん・青空さん・おりひめさん・しにゃさん
 さきママさん・なちゅらさん・かわぐちさん・えいむさん・ぴよこちゃん・らすぱてぃさん
 みきさん・あーちゃん・宙パパさん&ママさん・sayoさん・めはるさん・よしよしさん

みなさん、本当に本当にありがとうございました

お礼が遅くなってしまってごめんなさい。
そして、お一人お一人にお返事できなくてごめんなさい。

皆さんのエール、お祝いの言葉、みんなみんな私たちの胸にしっかりと刻みました。
病室で何度も読み返し、嬉しくて涙がポロポロこぼれました。

マナ入院中

マナが大きくなったら、
『あなたの誕生をこんなにたくさんの方が祝ってくれたのよ』と、
必ず読ませたいと思っています。

育児という新たな日々が始まりましたが、初心忘れず、この喜びを胸に
日々大切に過ごしていきたいと思っています。



退院しました (ママの日記)

リボン 11月15日(木) 生後8日 リボン

15日、母子共に無事に退院しました!

一時はマナの生理的な体重減少がひどく、更にその後の増加がほとんどなく、
退院延長かとも言われました。
2400g台にまで体重減少し私はかなり不安でしたが、ぎりぎり正常範囲内とのことで
最終日なんとか体重もわずかに増えて退院することができました。

自宅に帰り、きちんとご報告をと思ったのですが、
パソコンが壊れてしまい携帯から更新しています。

主人の友人がお祝いにと新しいパソコンをくださるので、
パソコンが到着次第でアップします。
まずは退院のご報告まで…

まや



マナの体重減少と授乳 (ママの日記)

リボン 11月9日(金) 生後2日 ~ 11月15日(木) 生後8日  リボン

私が自由に動けるようになるまで、マナの目が覚めるたびに本当に何度も何度も
どんな時間でも助産師さんがマナを連れてきてくださいました。
私も大きくなってねと、マナが乳首を吸うだけ吸わせました。

生後2日目には、マナは2時間近く乳首を吸い続けることもありました。
私も慣れない授乳に痛みがひどく、授乳は次第に必死にしなければならない状態になりました涙
帝王切開の傷もシクシクと痛みますアップロードファイル

生後3日目の体重測定で、マナは2,474gと生理的な体重減少も10.5%と正常範囲ぎりぎりにアップロードファイル
体重の減少を心配した助産師さんが「どのくらい飲めているか量ってみましょう」と、
飲む前と飲んだ後にマナの体重を量って下さいました。

30分も吸い続けたのだし、けっこう飲めたんじゃないかななんて思っていました。
しかし、その量に愕然としました。たった2ccおおっ
マナも必死に吸っていて、私も痛みに絶え必死に吸わせて、それで2cc。


たったの2ccなの?と・・・
マナがあんなに必死に吸っていてくれたのに、私のおっぱいは何やってんの?!って・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined
マナがお腹が減っていて必死に母乳の出ない乳首を2時間近くも吸っていたのかと思うと、
もう本当にマナに申し訳なくって仕方ない気持ちになりましたぐすん

それから助産師さんは、まめに飲ませることでカバーしていこうと授乳をどんどん出来るように、
術後3日目でしたが私の体調も良いので母児同室を始めることをすすめてくれました。
それからは、もう授乳のたびにマナの体重測定。

30分くらいマナが吸っても2~4ccしか飲ませてあげられず、私も落ち込み・・・アップロードファイル

夜、手術も立ち会おうとしてくれていた助産師のKさんが来てくださいました。
私は母乳が出ないこと、マナの体重がかなり減っていることを相談しました。
「まだ大丈夫、これから出てくるよ」と励ましてくれましたアップロードファイル

とにかく私はマナの体調が心配でした。
マナの体力がこれ以上さがらないように10ccだけミルクを飲ませてくれることになりました。
せっかくなのでとスゥがあげると、あっという間にマナは飲み干しました。
やっぱりこの子は飲めてるのに、私のおっぱいが出ていないんだと思いました
(悲*0д0)↓

しかし、マナが栄養を取れたことに私は安心したのか、やっと胸に張りが出てきました。
そして夜中に初めて20ccも飲ませることが出来ましたキラキラ1
これが本当に嬉しかったんです。やっとやっとおっぱいが出るのかなって笑顔

しかし立ち上がるのが一苦労な状態でも母児同室を頑張れる自分に驚きました。
子どもがいない病室で泣き暮らした2年前に比べたらという思いがあったからだと思います。
『マナのためなら頑張れる』そう思って頑張りました。


生後4日目、マナの体重は2,468gとさらに減少しました。
私は痛む乳首に頂いたクリームを塗りこんで、必死にお乳を吸わせました。
マナも必死に乳首に食いつきますが、1日の授乳回数14回で授乳量はわずか126cc。
生後日数×10cc×8回が1日に必要なおっぱいの量。
なので、本来なら320cc飲ませてあげないといけないんです。。。
長時間の授乳のため座り続けた私のムクミは改善されずに足はパンパンに。

生後5日目に多少体重は増えたものの、とにかく飲ませないととのことで授乳。
1回30分~1時間の授乳を17回行いました。
乳首はひどく痛むし、座りっぱなしの私のお尻は汗疹でひどい状態になってしまい、
ただ座っているのも一苦労になってしまいました。

でもマナは飲み方が上手になってきて、必死に吸い付いてくれています。
そのおかげか1回の授乳で25ccほど飲めるように。
体重は2,526gと前日より58gの増加。大丈夫かな、何とかなるかなと思っていました。

しかし、その安心もつかの間で・・・
生後6日目の体重測定でまた体重が減少。2,502gに。
そして7日目には、2,492gとまたまた減少してしまいました・・・
1回の授乳で50cc台飲ませてあげられるようになったものの、まだ足りない。。。
私はマナの体重が気になって仕方ない状態になってきました。

助産師さんからは、このまま体重が増えなければ入院延長かもしれない、
もしくは退院後にフォローアップに通うことになるかもとお話がありました。

とにかく何回も飲ませようということになり、マナが2時間以上寝ていたら無理やり起こして
授乳するという状態になりました。

そして11月15日、とうとう退院予定の日になりました。
体重測定は毎朝3~5時に行われています。
私は4時半にじっくりと授乳をして、マナにできるだけ飲んでもらいました。

そして・・・2,550gとやっとやっと少し増加しました!!!
こうしてなんとかギリギリで退院が決まったのです。

授乳って、もっと簡単にできると思っていたけれど、こんなに大変だとは思っていませんでした。

とにかく私は母乳でもミルクでもマナが元気ならと思っていましたので、
入院中何度も人工乳でいいからマナに栄養を与えてくれ~という気持ちにもなりました。

けれど、入院中の徹底した母乳の練習が今となっては良かったと思うようになりました。
これが育児の最初のハードルだったと思います。


初めての授乳 (ママの日記)

リボン 11月8日(木) 生後1日  リボン

明け方5時半頃、「お嬢さんが起きましたよ~」と、まだ動けない私のために
助産師さんが新生児室からマナを連れてきてくださいました。笑顔
こんな早くからわざわざ連れてきてくれるんだと、とてもうれしい気持ちでした。

初めての二人きり、朝の光を浴びてゆっくりとすごす時間。
マナをしっかと抱きしめて過ごしました。

しみじみと幸せを感じ、航星の分もこの子を愛そうと、守っていこうと誓いましたrainbow

幸せなのに不思議と涙が止まらなくて、マナを抱きしめて泣きましたぐすん
マナを抱くと航星への想いでいっぱいになってしまうのです。

++++++++++

その数時間後、「おっぱい吸わせてみようか」と助産師さんがおっしゃって、
ついに授乳が始まりました。憧れの授乳に胸が高鳴りました。

航星の時・・・
冷たい航星を抱いて、スゥと二人でこっそりと航星の唇を胸にあてがいました。
吸わないってわかっていました。私のお乳も薬で止められて出ないってわかっていました。
でも、荼毘にふす前にどうしてもおっぱいをあげたかったぐすん

その時のことを切なく思い出しながらも、マナに航星の分もあげるんだとお乳を吸わせました。
とても力強く、元気に吸うマナを見て涙がこぼれました。

幸せと切ない気持ちと、私の胸の中はその二つの気持ちがせめぎあっていて、
言葉では表せない複雑な想いでいっぱいでした。



術後の私の状態 (ママの日記)

リボン 11月7日(水) 生後0日  リボン

術後、興奮状態にあったのか痛みなど感じませんでした。
下半身麻酔も面白いほど効いていて、ゴムのような感覚の自分の足を触っては
「おぉ~、不思議だぁΣ(・艸・*)」などと思っていたくらい。

しかし、その後、出血が一時的に増えてしまいましたアップロードファイル
そのため、子宮収縮剤は通常よりもずっと早いスピードで点滴投与されました。
それからの私の痛みは、尋常じゃないほどで、とても苦しくなっていました。

しかも、子宮収縮を妨げるとのことでボルタレンという痛み止めも使わせてもらえず、
背中からの硬膜外麻酔だけが頼りという状態でしたε=(。・c_・。`;)

硬膜外麻酔は、手術後そのままになっており、自分が辛いと思った時にスイッチを押すと
一定量以上が投与されないように体に薬が入っていくようになっていました。

記憶にある限り、私は押しまくったはず。。。ヾ(;´▽`A アハハハハ
しかし、気がつけばそれを押す余力もないほどで、痛みに朦朧としながら
冷や汗だか脂汗だか、どっちだかわからないけれど滝のように流れていました。

しかも、そんな状態で友人からのお祝いメールに対応する私。
自分でも驚くほどの根性です笑顔・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined

夕方あたり、スゥのご両親も来てくれたけれど記憶が定かじゃないです。
申し訳ない・・・アップロードファイル

麻酔のせいで眠いのか、痛みのあまり意識が朦朧としているのかわからず、
翌日の朝まで痛みで浅い眠りのまま過ごしました。


術後のこと・・・マナを抱きしめて (ママの日記)

リボン 11月7日(水) 生後0日  リボン

私との対面が終わると、マナは処置する台に乗せられてすぐに手術室を出ました。
新生児室へ向かう途中の産科のラウンジでスゥと母はマナに対面しました。

聖路加 産科病棟  塩田先生の手術の腕が良いのか、
  言われていた時刻よりもずっと早く呼ばれて
  二人とも驚いたそうです。

  スゥは「ご主人!ご主人!」って呼ばれて、
  自分のことじゃないと思っていたそうで、
  ラウンジにあった本を読んでいたそうです(〃▽〃)

マナは、まだ胎脂がたくさんついていて、それは元気に泣いていたそうです。
小児科の先生と助産師さんが5名もついていてくださったそうで、その様子に安心して
先生方に任せてマナの処置を待ったそうです。
その後、私が手術室より戻るまで処置の終わったマナを新生児室で見ていたそうです。

私は回復室に移され、術後のレントゲンなど検査を行いました。
早くマナに会いたくてたまらなくて、頭の中はマナのことばかり考えていました。

手術室より産科病棟へ戻ってきて、エレベーターが開くと目の前にスゥがいました。
「お疲れさま。」って言ってくれました笑顔
無事に戻ってこられて、笑顔でスゥに会えて本当に嬉しかったですアップロードファイル

++++++++++

聖路加は、母子のスキンシップや母乳育児を大切にしている病院です。
手術が終わって私が病室に戻ると、すぐにマナを連れてきてくださいました笑顔キラキラ2

とうとう抱けるんだ!という喜びでいっぱいになりましたアップロードファイル

マナのその重みはずっしりと重く、そのぬくもりはほんわかと温かくて・・・幸せでした。
「生まれてきてくれてありがとう」と、もう一度伝えました。


それから私とスゥと母でかわるがわる抱っこしたり、頬にキスをしたりスキンシップ。
抱っこして満足した母は一足先に帰って行きました。

それから二人でじっくりとマナをみつめて話しました。
無事に抱けた喜び、ここまでの辛かった道のりのこと、航星のこと・・・
マナの顔があまりにも航星とそっくりで、切ない想いで本当に胸がいっぱいになりましたアップロードファイル

これはとっても勝手な私たちの解釈だけれども・・・
マナを抱くことで自分も一緒に抱いていると感じて欲しいと、航星は自分にそっくりなマナを
私たちに与えてくれたのではないだろうかと思いました。

今まで航星の写真は公開したことはなかったのだけれど、
この日記の「続きを読む」に航星の写真とマナを並べたものを載せておきます。
本当に良く似ているんですよ( o´艸`o)

++++++++++

そして、急な手術の変更で立ち会えなかった人々がやってきました笑顔

手術予定の8日にせっかく半日休みを取ってくれていた私の妹と、
手術に立ち会うはずだった助産師のKさん。

二人は慌ててやってきて、手術という時に傍にいられなくってと残念そうでした。
妹は朝の異変を聞いて以来、仕事が手につかなかったとか。

助産師のKさんは、お休みのところ駆けつけてくれました。
急な手術で病棟の誰もが準備に追われ、連絡がなかったそうで、間に合わなかったと
とても残念そうにしてくれていました。

今まで、私のことを支えてくれた大切な二人。
手術というその時には立ち会えなかったけれど、そんなことはもうどうでも良かったのです。
マナを無事に抱けたのは間違いなく二人の助けがあってのことですからアップロードファイル

妹とKさんは二人で新生児室へとマナを見に行きました。
マナを見てきた二人がとても嬉しそうに戻ってきてくれて、それだけで私は感動しました。



はじめまして (ママの日記)

リボン 11月7日(水) 生後0日 リボン

マナ生後4時間


愛海(Manami)です
よろしくお願いします笑顔


11月7日 午前11時47分。
2,764g の元気な女の子が生まれました!

急に手術になりましたが、命が無事で何よりでした。
皆さんには大変ご心配おかけしました。

私も後陣痛が痛みますが状態は良いです。
まずはご報告までo(^-^)o


誕生花:シンピジューム
花言葉:誠実な愛



マナ誕生の時・・・手術に至るまで③ (ママの日記)

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

震える足でなんとか立ち上がり、助産師さんが用意してくださった手術用の服や下着に
ゆっくりと慎重に着替えました。

メガネを手術室に持っていかないとねと言われて、そして思い出しました。
航星のお骨を持っていこうと話していたことを。

母親学級4・5回目と産後の会担当の助産師Kさんは、
私が管理入院してからもマメに病室へ来てくれていました。
手術も一緒に入るよと言っていてくれ、お守り産着も生後すぐ着られるようにしたり、
航星のお骨のペンダントも手術に一緒にいけるような方法を考えていてくれていました。

しかし運の悪いことに、Kさんはこの日はお休みでした。どうしよう?と思ったけれど、
私は、着替えさせてくれた助産師さんにお願いしてみました。
すると、電気メスを使うから身にはつけられないけれど、持って行こうと言ってくれました。

Kさんが考えていてくださった「メガネケースに入れる」と言う方法を伝えると、
無くならないようにと袋に入れて、メガネケースの内側にテープで止めてくれました。

こうして航星も一緒に手術室へ行けることになりました。


そしてレジデントのM先生が手術のための点滴を腕に刺しにきました。
ここでもう一つ問題が発覚。いつものレジデントのS先生もお休みだったんです。
楽しみにしてくれていたから、きっとがっかりするだろうなぁと思いました。

その次は、麻酔科医の先生が説明にやってきました。
麻酔科医の先生はとても面白い年配の先生で、「どうも~アップロードファイルよっちゃんって呼んでね!」と登場。
急に手術になって緊張する私をあの手この手で笑わせてくれました。
「赤ちゃんがお嬢さんなら、僕の彼女にさせてくださいね」って先生60代後半です・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined

麻酔科医のよっちゃん先生は、散々私を笑わせて、そして最後にこう言いました。
「絶対に痛い思いはさせないからね。大丈夫。安心して手術を受けてね。」
『あぁ、聖路加には本当にいい先生がたくさんいらっしゃるんだ』と思いました
( o´艸`o)

++++++++++

午前10時頃、麻酔科医の先生の説明が終わる頃、スゥとマヤ母が到着しました。
麻酔科の先生はまた二人を笑わせて、「準備してくるね」と去っていきました。

私は状況を二人に説明しました。
スゥも母も、二人とも本当に心配そうな顔をしていました(悲*0д0)↓

みんな神妙な顔つきで、祈るようにモニターを見つめました。
ポポちゃんもキックをしてくれて、心拍も順調でした。
「ポポちゃん動いてるよ、元気だよ」と私は二人に何度も伝えました。


まもなく車椅子が病室の前に準備され、「さぁ、行きましょうか」と声がかかりました。

『いよいよだ。元気なポポちゃんに会うんだ。』そう強く思いました。
そう思って願うことしかできないんだと思いました。


車椅子に乗って、一つ上の階の手術室へ向かいました。
今思えば、私もスゥも母も緊張でがちがちだったと思います。
でも、そんな中でお腹が大きいのも最後だからと記念写真を撮りました。

手術室の自動ドアの前でスゥの手をぎゅっと握りました。
本当はギューってハグしたかったけど、母も助産師さんもいるから何となく恥ずかしくて・・・

「がんばって」と言ったスゥの声が震えていました。
しっかりと握り返してくれた手、とても力強かった。


涙が出そうなくらいの緊張感だったけれど、私は声を振り絞って「行ってきます!」と言って
手を振って手術室へ入りました。


マナ誕生 (ママの日記)

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

手術室に入ると氏名の確認と腕のバーコードによるチェックが行われました。
あの楽しい麻酔科医の先生がお迎えに来てくださって、車椅子を押してくれました。
たくさんの手術室を通り過ぎて、私が手術を受けるお部屋に到着しました。

震える体をなんとかさせて手術台に上り、横になると心臓がドキドキしました。

麻酔が効いてくる中でも、ポポちゃんの胎動を感じていました。
そのたびに「がんばろうね、がんばろうね」と何度も話しかけました。
「もう少しだからね、お母さんと一緒に頑張ろうね( o´艸`o)


麻酔が始まると、塩田先生と病棟の先生とレジデントの先生がいらっしゃいました。
普段見る白衣姿とはまた違う、手術着の先生は本当に素敵でした。

そんな塩田先生の姿を見て、『お願いします』と懇願するような気持ちでした。

しばらくすると赤ちゃんを処置するための台と一緒に小児科の先生方が数名いらっしゃって
『あぁ、ポポちゃんがこの台に乗せてもらえるんだな、生まれてくるんだな』そう思いました。
『いよいよなんだ、始まるんだ。会えるんだ。会えるんだよね。』祈るような思いでした。

助産師さんが航星のお骨のペンダントを持ってきてくれました。
「お兄ちゃんも見守ってますからね」と私の目の前に航星のペンダントをかざして、
「ね!大丈夫!」と言ってくれました。
私は「航ちゃん、見守っててね。ママ頑張るね。」と航星に語り掛けました。


いよいよ顔の前に布がかけられ、手術が始まりました。
麻酔科の先生のおっしゃる通り、痛みは全くありませんでした。
何か音がするような時は麻酔科医の先生が私の耳を両手で覆ったり、
そばに来て大きな声で話しかけてくれました。
助産師さんもそばに来て肩をさすってくれました。

助産師さんが「寒いかな?」って聞いてくれました。「ううん、大丈夫」と答えました。
その時、初めて自分の体がガタガタと震えていることに気がつきました。
手術自体が怖いと言うわけではありませんでした。
『元気なポポちゃんに会えるのか』ただそれだけが気がかりで不安でした。
無事に生まれてくるという経験をしたことがなかったから、ここまできても信じられなかったんです。

私は何度も「今、何してるの?」「もう少し?」と助産師さんに聞きました。
そして助産師さんが「もうすぐだよ!!!」と言った時、お腹の中をグッと引っ張られるような
不思議な感覚がして、先生がポポちゃんを取り上げました。

午前11時47分「オギャー」という力強い産声を聞きました。
その後、ポポちゃんの深く吸う息が聞こえました。
そして「フン、ギャー!ギャー!ギャー!」と3回続けて泣きました。

産声を聞いて、涙があふれ、嗚咽がこみ上げてきました。
『あぁ!!!生きている!!!!!』そう思いました。


ポポちゃんが吸引されたり処置のために声が聞こえなくなり、布で覆われて姿もまだ見えず、
私は周りの人に「赤ちゃん、生きてますか?生きてますか?」と何度も聞きました。
助産師さんや先生が「生きてるよ!大丈夫だよ!」と何度も答えてくれました。

麻酔科医の先生が、「赤ちゃんに触れるようにね」と言って、固定された腕を解いてくれました。
いよいよだ、会えるんだと胸が高鳴りました。

そして、数分後・・・私のところへポポちゃんがやってきました。

初対面。
見てすぐに思ったことは『なんて航星にそっくりなんだろう!あぁ、生きてる!可愛い!』。
私は息をすることも忘れていました。
話しかけなくっちゃと、一度息を「ゴクン」と飲み込んで話しました。

「まなみ、まなみ、生まれてきてくれてありがとう」
「お兄ちゃんの分も、お兄ちゃんの分も生きてね。」
「ありがとう、ありがとう・・・」

愛海に初めて触れた。温かかった。愛海は動いていた。
強く『生きている!!!』そう思った。

「生きてた!あぁ、生きてた!あたたかい!!!」嗚咽して、そう叫びました。
涙が次から次へと溢れてきました。


愛海が誕生した時のこと、この大きな喜びを忘れない。
決して忘れないと思いました。

ただただ、その命のぬくもりが嬉しかったんです。


プロフィール

スゥ&マヤ

Author:スゥ&マヤ
  結婚7年目の二人です。
  お空にお兄ちゃんの航星がいます。
  地上に妹のマナちゃんがいます。
  猫の葉菜、お空の猫クゥも家族。
  6人家族です♪

いくつになったの

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