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初めての小児科 (ママの日記)

リボン 11月30日(金) 生後23日 リボン

マナ、生まれて初めて小児科にかかりました。
理由は『オムツかぶれ』です。


オムツを聖路加で使用していたメリーズからパンパースに替えました。
替えたとたんにプツプツができ始めました困マナには合わなかったのかな?

お尻の穴の周りが2センチくらい赤くただれていてたいしたことないのだろうけれど、
ひどくなる前に治したいのと、予防方法があれば教えていただきたかったので
小児科へ行くことにしましたアップロードファイル

しかし!この時期の小児科といえば風邪の子どもたちで賑わっているのでは?
と心配でしたので、かかるべきかどうか聖路加の小児科に電話で問い合わせてみました。

すると、感染などしないように配慮しているから、心配ならぜひいらっしゃいとのことでした。
しかも夕方診療という特別枠があって、今すぐにでも大丈夫とのことで夕方18時半頃アップロードファイルへ。

診察券  聖路加で生まれると、生まれた時から小児科の
  主治医が決まっていて、出生届が出される前から
  診察券が発行されています。

  マナも退院前に診察カードをいただきました。
  出生届の提出より前にいただくので、
  お名前のところは「○○ ベビー」となっています。

  このカードをいただいた時、それはそれは嬉しくて
  仕方ありませんでしたアップロードファイル

私たち夫婦にとって、『マナの名前が記してあるもの=生きている証』だったんです。
航星の時、名前を記してあるものなんてお墓の石くらいだったのですから・・・


そのカードを持って受付へ。
待合室は風邪の子がいるということで、受付でしばらく待つように言われました。
1分もしないうちに看護師さんが職員用の入り口から診察室へと案内してくださいました。
「先生の方が移動しますから、このまま診察室でお待ちください」とのこと。

ありがたいです笑顔
看護師さんも、先生も、受付の方も皆さん優しくて丁寧。
設備も清潔で綺麗な病院で、安心して診察を受けることができました。

近所にも小児科はありますが、他の病気をもらいそうだし、ここまでの配慮はないなぁ。
なので、今後も幼児のうちは聖路加の小児科にかかることにしましたアップロードファイル

そうそう肝心の診察結果は、やっぱり「たいしたことない」でした。
排便のたびにお尻を洗うこと、しっかり乾かしてからワセリンを薄く塗って皮膚を保護し、
おむつをつけることと指導を受けました。
ひどくなった時用に、念のため亜鉛華軟膏をいただきました。

これからはオムツかぶれにならないようにするからね!
ごめんね、まなっぺ。。。ヾ(;´▽`A``

++++++++++

執筆日 2008年1月17日


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[ 2007/11/30 22:00 ] マナの成長 | コメント(0)

出産予定日 (ママの日記)

リボン 11月28日(水) 生後21日 リボン

この日は、マナの本来の出産予定日でした。

入院中の体重測定  11月7日、37週0日で生まれたマナは
  2,764gと少し小さめでした。
  その後、体重は減少し、
  母乳がなかなか出なくて、
  マナの体力も低下気味になり、
  大きな声を上げて泣くなんてことも
  あまりなかったんです。

  入院中から退院後しばらくは
  マナの体重が気がかりでしたアップロードファイル

  写真は、入院中に哺乳量の測定で
  体重を計測しているところ。

この頃は産着がブカブカで、襟元から手を出していることもあったくらい。。。ヾ(;´▽`A``
それから3週間たって、体重はおおよそ2900gになりました。

生後3週間  ←生後3週間のマナですアップロードファイル表情も豊かになってきました。
  大きな声で元気いっぱいなくようになりましたアップロードファイル
  そりゃもう近所迷惑でしょってくらいの大きな大きな声です・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined

  でも、50cmの肌着はまだまだブカブカ。
  生まれたばかりの赤ちゃんと変わりない大きさです。
  ぎりぎり早産ではなかったけれど、
  やはり修正月齢の方がマナには合うみたい。

  余談ですが、お家でも聖路加の産着を着せていました。
  この産着とっても肌触りが良くて、着替えもさせやすいんです。
  なので聖路加の売店で入院中に購入しておいたんですパチン☆
  胸元のウサギさんが可愛いでしょハート

この頃から、母乳不足であんなに心配したことなんてウソだったみたいに
ほっぺも、お腹も、腕も、太ももも、アゴの下も、お肉でプクプクになりましたΣ(・艸・*)

ようやく不安な気持ちから開放され、
後はどうかこのまま順調に成長してくれますようにと祈るばかりです。


ただ、この頃の授乳回数は1日12~14回と本当に大変でした。
やっぱり1回の量は少ないから、何度も吸わせることでカバーしていたんですね。

今から思うと、本当に大変でした。

++++++++++

執筆日 2008年1月15日




[ 2007/11/28 22:00 ] マナの成長 | コメント(0)

母乳外来 (ママの日記)

リボン 11月26日(月) 生後19日 リボン

聖路加国際病院2マナ、初めてのお出かけアップロードファイル
記念すべきその場所は、聖路加国際病院の産科病棟。
(10日前に退院したばかりだから、お出かけというよりは里帰り?)

マナは誕生後、体重減少が10.5パーセントに達してしまい、
出生時2764g→生後4日目2468gまで減少してしまいましたΣ(○>艸<)

その後、入院中は体重は横ばいでほとんど増加せず、
退院当日にやっと少量の増加。
そんな訳で、退院後ずっとおっぱいが足りているのか不安でしたアップロードファイル

どのくらい体重が増えているのか?
母乳でやっていけるのか?
相談するために、聖路加の母乳外来(母乳相談室)へ行くことになりましたアップロードファイル

++++++++++

久しぶりに訪れた産科病棟、一番お値段が高いという広~いお部屋で
入院中もお世話になったベテランの助産師さんが、笑顔で迎えてくれました。

まずは、マナの体重増加が不安なことを伝えると量ってくださることに。
ご機嫌でネンネしていたマナは、裸にされてちょっと泣きました・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined
しかも、体重計の上でおしっこをしてしまいましたΣ(o゚□゚o)スミマセンッッッ

気になるマナの体重は、『2,896g』になっていました!
退院時2,550gだったので、退院後は1日約31gの増加!!!

その後、マナに飲ませてみて飲んだ後にまた体重を量り、どのくらい飲んでいるのか計測。
飲む気のなかったマナは、わずか5分ほど遊び飲みした程度で24cc飲めていましたアップロードファイル

あまり眠ってくれず、飲み足りないのかとミルクを足して混合でやってきましたが、
なんとか母乳でいけるのではとのことでした笑顔キラキラ2

私はマナが元気に育ってくれるなら、母乳でもミルクでもかまわなかったのですが、
退院時に母乳でと言われたけれど、とにかく足りているのかと不安だったのです。
足りていないことでマナが元気がなくなってしまう方が困ると思って・・・。


とにかく「足りないかも」という不安はないとのことで、安心しました。
今後は、母乳でやっていけそうですすたぁ

++++++++++

その後、おっぱいのマッサージをしていただくと、開通していなかった乳腺も開通し、
ピューっとまるで水芸状態でおっぱいが湧き出てきました!!!


さらに背中をアロマオイルでゆっくりとマッサージしていただき、満喫の1時間でした。
これで料金はお金4,500円。納得のお値段でした( o´艸`o)

不安もなくなったし、楽しくお話してリラックスできて、母乳外来に行ってみてよかったです。
「またなにか母乳のトラブルがあったらいつでもおいでね」と温かく見送っていただき、
とても安堵した気持ちで帰宅しました。

母乳外来、はまってしまいそうですアップロードファイル


[ 2007/11/26 22:00 ] マナの成長 | コメント(0)

はたして母乳は足りているのか? (ママの日記)

リボン 11月21日(水) 生後14日 リボン

誕生した時の体重に戻ることなく、2,500gあまりで退院したマナ。
入院中も体重が増えなければ退院延長というお話まで出ていました(。-´ω`-)
(その時の日記→『マナの体重減少と授乳』

そんな訳で、退院後の日々の悩みは「体重がきちんと増えているのか?」ということ。

「母乳が足りているのか?」という時の母乳不足の徴候は、
 ・赤ちゃんの体重が増えない
 ・おしっこやウンチの回数が少ない
 ・赤ちゃんに元気がない
 ・黄疸が強くなる

マナの場合・・・
 ・体重は体重計がないので不明
 ・おしっこ&ウンチとも1日10回ほど
 ・生活は寝て飲んでの繰り返しで、いちおう元気そう
 ・夜中から明け方に、いくらおっぱいを吸わせてもグズグズと泣く
 ・1日の授乳回数は12回前後で、1回5~20分くらい

私たちが特に気にかけていたことは、夜中から明け方にかけてのグズグズでした。
授乳しても40分ほどで目が覚めるということを繰り返していましたアップロードファイル

母乳が足りているのか?いないのか?涙

ミルク中のマナ  ミルクを足した方が良いのではないかと
  スゥと話し合い、ミルクを購入アップロードファイル

  そしてグズる夜中に早速あげてみると
  あっという間に飲み干して、満足そう。

  しかも、ミルクを飲んだ後は熟睡して
  2時間以上眠ってくれます。

  『やっぱり足りないのかな?』

  それから夜は40ccだけ
  ミルクを足すことにしました。


聖路加には退院後に乳房トラブルがあった場合のために『母乳外来』があります。
分泌不足かもしれないし、それにマナの体重も気になるところです。

不安なままで過ごすのは、寝不足で頭の回らない今、絶対に精神的に良くないだろうと
母乳外来の受診を決めましたアップロードファイル


[ 2007/11/21 22:00 ] マナの成長 | コメント(4)

息しているかな? (ママの日記)

リボン 11月20日(火) 生後13日 リボン

生まれてからずっと毎日何回もしてしまうこと。
それは・・・
               『マナがちゃんと息をしているかどうかの確認』

特に授乳後は、念入りにゲップをさせて吐き戻しスリーパーの斜めの枕に寝かせて、
呼吸が落ち着いてマナがしっかり寝入るまで見つめていますε=(。・c_・。`;)

こんなに心配してもって思うかもしれないけれど・・・でも怖いんです。
命って当たり前にあるんじゃなくって、どんな些細なことで突然奪われるか分からないから。

マナを見つめていて、幸せだなぁって思う時間ももちろんあるし、穏やかな時間もあるけれど、
それでもやっぱり不安は尽きないものなんだなぁと実感する毎日ですアップロードファイル


パパの肩でもかまいません (ママの日記)

リボン 11月17日(土) 生後10日 リボン

スゥ、育児に参加する気まんまんですパチン☆
おっぱいが終わると両手を差し出し、笑顔でマナを受け取りゲップを出させます。
これは、入院中からスゥの定番のお仕事になっていました。

この日の沐浴後の授乳の時のこと・・・
ちょうどスゥがお風呂から上り、上半身裸のままゲップをさせようと肩にマナを乗せたら
「ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ・・・」という音が・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined

  スゥ:「およよよよ・・・ちょっと!吸われてるんですけど(●>∀<●)

なんとマナっぺ、母乳飲み足りずにパパの肩をちゅぱっと吸っているじゃないですか!
そんな娘にますますメロメロなスゥ。

ベビー笑顔  微笑ましい光景ですアップロードファイル

  ってか、もしやマナっぺそうとうな食いしん坊さん???


[ 2007/11/17 22:45 ] マナの成長 | コメント(0)

てんてこまい (ママの日記)

リボン 11月16日(金) 生後9日 リボン

浴衣を着たマナ  退院して1日目。
  作った浴衣を着せてみました笑顔

  実家が自宅に近いので里帰りせず、
  母が時々手伝いに来ることに。

  家にはベビーベッドが設置されていて、
  なんだか嬉しいものですアップロードファイル

  赤ちゃんがいるということが
  不思議で仕方なく、
  こそばい様な喜びがありましたアップロードファイル

しかし、マナの体重が気になって喜びにひったってばかりはいられず・・・
出生体重に早く戻るように、とにかくおっぱいを飲ませました。
が、体重計がないのでちゃんと飲ませてあげているか不安でアップロードファイル

いちおう保育士なのでオムツ換えなどはそんなに不安がないのですが、
『母乳』は初体験で未知の世界。


こればっかりは分からないことばかりで不安いっぱい・・・アップロードファイル

それから退院して初めての沐浴。
スゥにお任せして私はビデオを撮ろうとしたけれど、二人ともてんてこ舞い。。。ヾ(;´▽`A``
途中でビデオをほっぽり出して、二人で必死にマナを洗いました。

新米パパ&ママは、おっぱいも沐浴もとにかく必死でした・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined
二人でやっていけるのかなぁ・・・なんて思いつつも頑張ろうと意気込んでいました。


たくさんのありがとうをみなさんに (ママの日記)

ローズ 誕生前後の日記へコメントを下さったみなさんへ ローズ2

 さくらさん・あちゃちゃん・吉宗の母さん・こうめさん・来美ママさん・ゆみちゃん
 ゆっかさん・晴くんママさん・いっちゃんのママさん・かのんさん・おさるさん
 しずくさん・mioさん・たんたまちゃん・yoshikoさん・シナモンちゃん・るり・たらしゃん
 heureux,さん・となふくん・まはるさん・ヨウタカさん・坊ちゃんママさん・まゆみちゃん
 aquaちゃん・れいなママさん・どんままさん・青空さん・おりひめさん・しにゃさん
 さきママさん・なちゅらさん・かわぐちさん・えいむさん・ぴよこちゃん・らすぱてぃさん
 みきさん・あーちゃん・宙パパさん&ママさん・sayoさん・めはるさん・よしよしさん

みなさん、本当に本当にありがとうございました

お礼が遅くなってしまってごめんなさい。
そして、お一人お一人にお返事できなくてごめんなさい。

皆さんのエール、お祝いの言葉、みんなみんな私たちの胸にしっかりと刻みました。
病室で何度も読み返し、嬉しくて涙がポロポロこぼれました。

マナ入院中

マナが大きくなったら、
『あなたの誕生をこんなにたくさんの方が祝ってくれたのよ』と、
必ず読ませたいと思っています。

育児という新たな日々が始まりましたが、初心忘れず、この喜びを胸に
日々大切に過ごしていきたいと思っています。



退院しました (ママの日記)

リボン 11月15日(木) 生後8日 リボン

15日、母子共に無事に退院しました!

一時はマナの生理的な体重減少がひどく、更にその後の増加がほとんどなく、
退院延長かとも言われました。
2400g台にまで体重減少し私はかなり不安でしたが、ぎりぎり正常範囲内とのことで
最終日なんとか体重もわずかに増えて退院することができました。

自宅に帰り、きちんとご報告をと思ったのですが、
パソコンが壊れてしまい携帯から更新しています。

主人の友人がお祝いにと新しいパソコンをくださるので、
パソコンが到着次第でアップします。
まずは退院のご報告まで…

まや



マナの体重減少と授乳 (ママの日記)

リボン 11月9日(金) 生後2日 ~ 11月15日(木) 生後8日  リボン

私が自由に動けるようになるまで、マナの目が覚めるたびに本当に何度も何度も
どんな時間でも助産師さんがマナを連れてきてくださいました。
私も大きくなってねと、マナが乳首を吸うだけ吸わせました。

生後2日目には、マナは2時間近く乳首を吸い続けることもありました。
私も慣れない授乳に痛みがひどく、授乳は次第に必死にしなければならない状態になりました涙
帝王切開の傷もシクシクと痛みますアップロードファイル

生後3日目の体重測定で、マナは2,474gと生理的な体重減少も10.5%と正常範囲ぎりぎりにアップロードファイル
体重の減少を心配した助産師さんが「どのくらい飲めているか量ってみましょう」と、
飲む前と飲んだ後にマナの体重を量って下さいました。

30分も吸い続けたのだし、けっこう飲めたんじゃないかななんて思っていました。
しかし、その量に愕然としました。たった2ccおおっ
マナも必死に吸っていて、私も痛みに絶え必死に吸わせて、それで2cc。


たったの2ccなの?と・・・
マナがあんなに必死に吸っていてくれたのに、私のおっぱいは何やってんの?!って・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined
マナがお腹が減っていて必死に母乳の出ない乳首を2時間近くも吸っていたのかと思うと、
もう本当にマナに申し訳なくって仕方ない気持ちになりましたぐすん

それから助産師さんは、まめに飲ませることでカバーしていこうと授乳をどんどん出来るように、
術後3日目でしたが私の体調も良いので母児同室を始めることをすすめてくれました。
それからは、もう授乳のたびにマナの体重測定。

30分くらいマナが吸っても2~4ccしか飲ませてあげられず、私も落ち込み・・・アップロードファイル

夜、手術も立ち会おうとしてくれていた助産師のKさんが来てくださいました。
私は母乳が出ないこと、マナの体重がかなり減っていることを相談しました。
「まだ大丈夫、これから出てくるよ」と励ましてくれましたアップロードファイル

とにかく私はマナの体調が心配でした。
マナの体力がこれ以上さがらないように10ccだけミルクを飲ませてくれることになりました。
せっかくなのでとスゥがあげると、あっという間にマナは飲み干しました。
やっぱりこの子は飲めてるのに、私のおっぱいが出ていないんだと思いました
(悲*0д0)↓

しかし、マナが栄養を取れたことに私は安心したのか、やっと胸に張りが出てきました。
そして夜中に初めて20ccも飲ませることが出来ましたキラキラ1
これが本当に嬉しかったんです。やっとやっとおっぱいが出るのかなって笑顔

しかし立ち上がるのが一苦労な状態でも母児同室を頑張れる自分に驚きました。
子どもがいない病室で泣き暮らした2年前に比べたらという思いがあったからだと思います。
『マナのためなら頑張れる』そう思って頑張りました。


生後4日目、マナの体重は2,468gとさらに減少しました。
私は痛む乳首に頂いたクリームを塗りこんで、必死にお乳を吸わせました。
マナも必死に乳首に食いつきますが、1日の授乳回数14回で授乳量はわずか126cc。
生後日数×10cc×8回が1日に必要なおっぱいの量。
なので、本来なら320cc飲ませてあげないといけないんです。。。
長時間の授乳のため座り続けた私のムクミは改善されずに足はパンパンに。

生後5日目に多少体重は増えたものの、とにかく飲ませないととのことで授乳。
1回30分~1時間の授乳を17回行いました。
乳首はひどく痛むし、座りっぱなしの私のお尻は汗疹でひどい状態になってしまい、
ただ座っているのも一苦労になってしまいました。

でもマナは飲み方が上手になってきて、必死に吸い付いてくれています。
そのおかげか1回の授乳で25ccほど飲めるように。
体重は2,526gと前日より58gの増加。大丈夫かな、何とかなるかなと思っていました。

しかし、その安心もつかの間で・・・
生後6日目の体重測定でまた体重が減少。2,502gに。
そして7日目には、2,492gとまたまた減少してしまいました・・・
1回の授乳で50cc台飲ませてあげられるようになったものの、まだ足りない。。。
私はマナの体重が気になって仕方ない状態になってきました。

助産師さんからは、このまま体重が増えなければ入院延長かもしれない、
もしくは退院後にフォローアップに通うことになるかもとお話がありました。

とにかく何回も飲ませようということになり、マナが2時間以上寝ていたら無理やり起こして
授乳するという状態になりました。

そして11月15日、とうとう退院予定の日になりました。
体重測定は毎朝3~5時に行われています。
私は4時半にじっくりと授乳をして、マナにできるだけ飲んでもらいました。

そして・・・2,550gとやっとやっと少し増加しました!!!
こうしてなんとかギリギリで退院が決まったのです。

授乳って、もっと簡単にできると思っていたけれど、こんなに大変だとは思っていませんでした。

とにかく私は母乳でもミルクでもマナが元気ならと思っていましたので、
入院中何度も人工乳でいいからマナに栄養を与えてくれ~という気持ちにもなりました。

けれど、入院中の徹底した母乳の練習が今となっては良かったと思うようになりました。
これが育児の最初のハードルだったと思います。


初めての授乳 (ママの日記)

リボン 11月8日(木) 生後1日  リボン

明け方5時半頃、「お嬢さんが起きましたよ~」と、まだ動けない私のために
助産師さんが新生児室からマナを連れてきてくださいました。笑顔
こんな早くからわざわざ連れてきてくれるんだと、とてもうれしい気持ちでした。

初めての二人きり、朝の光を浴びてゆっくりとすごす時間。
マナをしっかと抱きしめて過ごしました。

しみじみと幸せを感じ、航星の分もこの子を愛そうと、守っていこうと誓いましたrainbow

幸せなのに不思議と涙が止まらなくて、マナを抱きしめて泣きましたぐすん
マナを抱くと航星への想いでいっぱいになってしまうのです。

++++++++++

その数時間後、「おっぱい吸わせてみようか」と助産師さんがおっしゃって、
ついに授乳が始まりました。憧れの授乳に胸が高鳴りました。

航星の時・・・
冷たい航星を抱いて、スゥと二人でこっそりと航星の唇を胸にあてがいました。
吸わないってわかっていました。私のお乳も薬で止められて出ないってわかっていました。
でも、荼毘にふす前にどうしてもおっぱいをあげたかったぐすん

その時のことを切なく思い出しながらも、マナに航星の分もあげるんだとお乳を吸わせました。
とても力強く、元気に吸うマナを見て涙がこぼれました。

幸せと切ない気持ちと、私の胸の中はその二つの気持ちがせめぎあっていて、
言葉では表せない複雑な想いでいっぱいでした。



術後の私の状態 (ママの日記)

リボン 11月7日(水) 生後0日  リボン

術後、興奮状態にあったのか痛みなど感じませんでした。
下半身麻酔も面白いほど効いていて、ゴムのような感覚の自分の足を触っては
「おぉ~、不思議だぁΣ(・艸・*)」などと思っていたくらい。

しかし、その後、出血が一時的に増えてしまいましたアップロードファイル
そのため、子宮収縮剤は通常よりもずっと早いスピードで点滴投与されました。
それからの私の痛みは、尋常じゃないほどで、とても苦しくなっていました。

しかも、子宮収縮を妨げるとのことでボルタレンという痛み止めも使わせてもらえず、
背中からの硬膜外麻酔だけが頼りという状態でしたε=(。・c_・。`;)

硬膜外麻酔は、手術後そのままになっており、自分が辛いと思った時にスイッチを押すと
一定量以上が投与されないように体に薬が入っていくようになっていました。

記憶にある限り、私は押しまくったはず。。。ヾ(;´▽`A アハハハハ
しかし、気がつけばそれを押す余力もないほどで、痛みに朦朧としながら
冷や汗だか脂汗だか、どっちだかわからないけれど滝のように流れていました。

しかも、そんな状態で友人からのお祝いメールに対応する私。
自分でも驚くほどの根性です笑顔・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined

夕方あたり、スゥのご両親も来てくれたけれど記憶が定かじゃないです。
申し訳ない・・・アップロードファイル

麻酔のせいで眠いのか、痛みのあまり意識が朦朧としているのかわからず、
翌日の朝まで痛みで浅い眠りのまま過ごしました。


術後のこと・・・マナを抱きしめて (ママの日記)

リボン 11月7日(水) 生後0日  リボン

私との対面が終わると、マナは処置する台に乗せられてすぐに手術室を出ました。
新生児室へ向かう途中の産科のラウンジでスゥと母はマナに対面しました。

聖路加 産科病棟  塩田先生の手術の腕が良いのか、
  言われていた時刻よりもずっと早く呼ばれて
  二人とも驚いたそうです。

  スゥは「ご主人!ご主人!」って呼ばれて、
  自分のことじゃないと思っていたそうで、
  ラウンジにあった本を読んでいたそうです(〃▽〃)

マナは、まだ胎脂がたくさんついていて、それは元気に泣いていたそうです。
小児科の先生と助産師さんが5名もついていてくださったそうで、その様子に安心して
先生方に任せてマナの処置を待ったそうです。
その後、私が手術室より戻るまで処置の終わったマナを新生児室で見ていたそうです。

私は回復室に移され、術後のレントゲンなど検査を行いました。
早くマナに会いたくてたまらなくて、頭の中はマナのことばかり考えていました。

手術室より産科病棟へ戻ってきて、エレベーターが開くと目の前にスゥがいました。
「お疲れさま。」って言ってくれました笑顔
無事に戻ってこられて、笑顔でスゥに会えて本当に嬉しかったですアップロードファイル

++++++++++

聖路加は、母子のスキンシップや母乳育児を大切にしている病院です。
手術が終わって私が病室に戻ると、すぐにマナを連れてきてくださいました笑顔キラキラ2

とうとう抱けるんだ!という喜びでいっぱいになりましたアップロードファイル

マナのその重みはずっしりと重く、そのぬくもりはほんわかと温かくて・・・幸せでした。
「生まれてきてくれてありがとう」と、もう一度伝えました。


それから私とスゥと母でかわるがわる抱っこしたり、頬にキスをしたりスキンシップ。
抱っこして満足した母は一足先に帰って行きました。

それから二人でじっくりとマナをみつめて話しました。
無事に抱けた喜び、ここまでの辛かった道のりのこと、航星のこと・・・
マナの顔があまりにも航星とそっくりで、切ない想いで本当に胸がいっぱいになりましたアップロードファイル

これはとっても勝手な私たちの解釈だけれども・・・
マナを抱くことで自分も一緒に抱いていると感じて欲しいと、航星は自分にそっくりなマナを
私たちに与えてくれたのではないだろうかと思いました。

今まで航星の写真は公開したことはなかったのだけれど、
この日記の「続きを読む」に航星の写真とマナを並べたものを載せておきます。
本当に良く似ているんですよ( o´艸`o)

++++++++++

そして、急な手術の変更で立ち会えなかった人々がやってきました笑顔

手術予定の8日にせっかく半日休みを取ってくれていた私の妹と、
手術に立ち会うはずだった助産師のKさん。

二人は慌ててやってきて、手術という時に傍にいられなくってと残念そうでした。
妹は朝の異変を聞いて以来、仕事が手につかなかったとか。

助産師のKさんは、お休みのところ駆けつけてくれました。
急な手術で病棟の誰もが準備に追われ、連絡がなかったそうで、間に合わなかったと
とても残念そうにしてくれていました。

今まで、私のことを支えてくれた大切な二人。
手術というその時には立ち会えなかったけれど、そんなことはもうどうでも良かったのです。
マナを無事に抱けたのは間違いなく二人の助けがあってのことですからアップロードファイル

妹とKさんは二人で新生児室へとマナを見に行きました。
マナを見てきた二人がとても嬉しそうに戻ってきてくれて、それだけで私は感動しました。



はじめまして (ママの日記)

リボン 11月7日(水) 生後0日 リボン

マナ生後4時間


愛海(Manami)です
よろしくお願いします笑顔


11月7日 午前11時47分。
2,764g の元気な女の子が生まれました!

急に手術になりましたが、命が無事で何よりでした。
皆さんには大変ご心配おかけしました。

私も後陣痛が痛みますが状態は良いです。
まずはご報告までo(^-^)o


誕生花:シンピジューム
花言葉:誠実な愛



マナ誕生の時・・・手術に至るまで③ (ママの日記)

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

震える足でなんとか立ち上がり、助産師さんが用意してくださった手術用の服や下着に
ゆっくりと慎重に着替えました。

メガネを手術室に持っていかないとねと言われて、そして思い出しました。
航星のお骨を持っていこうと話していたことを。

母親学級4・5回目と産後の会担当の助産師Kさんは、
私が管理入院してからもマメに病室へ来てくれていました。
手術も一緒に入るよと言っていてくれ、お守り産着も生後すぐ着られるようにしたり、
航星のお骨のペンダントも手術に一緒にいけるような方法を考えていてくれていました。

しかし運の悪いことに、Kさんはこの日はお休みでした。どうしよう?と思ったけれど、
私は、着替えさせてくれた助産師さんにお願いしてみました。
すると、電気メスを使うから身にはつけられないけれど、持って行こうと言ってくれました。

Kさんが考えていてくださった「メガネケースに入れる」と言う方法を伝えると、
無くならないようにと袋に入れて、メガネケースの内側にテープで止めてくれました。

こうして航星も一緒に手術室へ行けることになりました。


そしてレジデントのM先生が手術のための点滴を腕に刺しにきました。
ここでもう一つ問題が発覚。いつものレジデントのS先生もお休みだったんです。
楽しみにしてくれていたから、きっとがっかりするだろうなぁと思いました。

その次は、麻酔科医の先生が説明にやってきました。
麻酔科医の先生はとても面白い年配の先生で、「どうも~アップロードファイルよっちゃんって呼んでね!」と登場。
急に手術になって緊張する私をあの手この手で笑わせてくれました。
「赤ちゃんがお嬢さんなら、僕の彼女にさせてくださいね」って先生60代後半です・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined

麻酔科医のよっちゃん先生は、散々私を笑わせて、そして最後にこう言いました。
「絶対に痛い思いはさせないからね。大丈夫。安心して手術を受けてね。」
『あぁ、聖路加には本当にいい先生がたくさんいらっしゃるんだ』と思いました
( o´艸`o)

++++++++++

午前10時頃、麻酔科医の先生の説明が終わる頃、スゥとマヤ母が到着しました。
麻酔科の先生はまた二人を笑わせて、「準備してくるね」と去っていきました。

私は状況を二人に説明しました。
スゥも母も、二人とも本当に心配そうな顔をしていました(悲*0д0)↓

みんな神妙な顔つきで、祈るようにモニターを見つめました。
ポポちゃんもキックをしてくれて、心拍も順調でした。
「ポポちゃん動いてるよ、元気だよ」と私は二人に何度も伝えました。


まもなく車椅子が病室の前に準備され、「さぁ、行きましょうか」と声がかかりました。

『いよいよだ。元気なポポちゃんに会うんだ。』そう強く思いました。
そう思って願うことしかできないんだと思いました。


車椅子に乗って、一つ上の階の手術室へ向かいました。
今思えば、私もスゥも母も緊張でがちがちだったと思います。
でも、そんな中でお腹が大きいのも最後だからと記念写真を撮りました。

手術室の自動ドアの前でスゥの手をぎゅっと握りました。
本当はギューってハグしたかったけど、母も助産師さんもいるから何となく恥ずかしくて・・・

「がんばって」と言ったスゥの声が震えていました。
しっかりと握り返してくれた手、とても力強かった。


涙が出そうなくらいの緊張感だったけれど、私は声を振り絞って「行ってきます!」と言って
手を振って手術室へ入りました。


マナ誕生 (ママの日記)

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

手術室に入ると氏名の確認と腕のバーコードによるチェックが行われました。
あの楽しい麻酔科医の先生がお迎えに来てくださって、車椅子を押してくれました。
たくさんの手術室を通り過ぎて、私が手術を受けるお部屋に到着しました。

震える体をなんとかさせて手術台に上り、横になると心臓がドキドキしました。

麻酔が効いてくる中でも、ポポちゃんの胎動を感じていました。
そのたびに「がんばろうね、がんばろうね」と何度も話しかけました。
「もう少しだからね、お母さんと一緒に頑張ろうね( o´艸`o)


麻酔が始まると、塩田先生と病棟の先生とレジデントの先生がいらっしゃいました。
普段見る白衣姿とはまた違う、手術着の先生は本当に素敵でした。

そんな塩田先生の姿を見て、『お願いします』と懇願するような気持ちでした。

しばらくすると赤ちゃんを処置するための台と一緒に小児科の先生方が数名いらっしゃって
『あぁ、ポポちゃんがこの台に乗せてもらえるんだな、生まれてくるんだな』そう思いました。
『いよいよなんだ、始まるんだ。会えるんだ。会えるんだよね。』祈るような思いでした。

助産師さんが航星のお骨のペンダントを持ってきてくれました。
「お兄ちゃんも見守ってますからね」と私の目の前に航星のペンダントをかざして、
「ね!大丈夫!」と言ってくれました。
私は「航ちゃん、見守っててね。ママ頑張るね。」と航星に語り掛けました。


いよいよ顔の前に布がかけられ、手術が始まりました。
麻酔科の先生のおっしゃる通り、痛みは全くありませんでした。
何か音がするような時は麻酔科医の先生が私の耳を両手で覆ったり、
そばに来て大きな声で話しかけてくれました。
助産師さんもそばに来て肩をさすってくれました。

助産師さんが「寒いかな?」って聞いてくれました。「ううん、大丈夫」と答えました。
その時、初めて自分の体がガタガタと震えていることに気がつきました。
手術自体が怖いと言うわけではありませんでした。
『元気なポポちゃんに会えるのか』ただそれだけが気がかりで不安でした。
無事に生まれてくるという経験をしたことがなかったから、ここまできても信じられなかったんです。

私は何度も「今、何してるの?」「もう少し?」と助産師さんに聞きました。
そして助産師さんが「もうすぐだよ!!!」と言った時、お腹の中をグッと引っ張られるような
不思議な感覚がして、先生がポポちゃんを取り上げました。

午前11時47分「オギャー」という力強い産声を聞きました。
その後、ポポちゃんの深く吸う息が聞こえました。
そして「フン、ギャー!ギャー!ギャー!」と3回続けて泣きました。

産声を聞いて、涙があふれ、嗚咽がこみ上げてきました。
『あぁ!!!生きている!!!!!』そう思いました。


ポポちゃんが吸引されたり処置のために声が聞こえなくなり、布で覆われて姿もまだ見えず、
私は周りの人に「赤ちゃん、生きてますか?生きてますか?」と何度も聞きました。
助産師さんや先生が「生きてるよ!大丈夫だよ!」と何度も答えてくれました。

麻酔科医の先生が、「赤ちゃんに触れるようにね」と言って、固定された腕を解いてくれました。
いよいよだ、会えるんだと胸が高鳴りました。

そして、数分後・・・私のところへポポちゃんがやってきました。

初対面。
見てすぐに思ったことは『なんて航星にそっくりなんだろう!あぁ、生きてる!可愛い!』。
私は息をすることも忘れていました。
話しかけなくっちゃと、一度息を「ゴクン」と飲み込んで話しました。

「まなみ、まなみ、生まれてきてくれてありがとう」
「お兄ちゃんの分も、お兄ちゃんの分も生きてね。」
「ありがとう、ありがとう・・・」

愛海に初めて触れた。温かかった。愛海は動いていた。
強く『生きている!!!』そう思った。

「生きてた!あぁ、生きてた!あたたかい!!!」嗚咽して、そう叫びました。
涙が次から次へと溢れてきました。


愛海が誕生した時のこと、この大きな喜びを忘れない。
決して忘れないと思いました。

ただただ、その命のぬくもりが嬉しかったんです。


マナ誕生の時・・・手術に至るまで② (ママの日記)

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

午前8時頃だったと思う。
担当の塩田先生がいらっしゃって、モニターの用紙を見て説明をしてくださいました。
「ここのね、ちょっと心拍が落ちるときがあるでしょ。これはね、あんまり良くない傾向なの。」
「ちょっと急だけど、今日、今から手術にしましょう。」とのこと。

病棟の医師もやってきて塩田先生とモニターの記録用紙を確認し、
これから手術の人が終わり次第すぐに手術にしましょうというお話になりました。

『誰かの手術が終わり次第ということは、急を要しないということかな?大丈夫なのかな?』

私の不安はピークに達しました。
たまらず「赤ちゃんの命が今すぐどうこうという状態ですか?」と震える声で聞きました。


塩田先生は「そうではないけれど、あまり良い兆候ではないから…」
「延ばす理由が無いということです。」と答えました。
「不安なまま1日を過ごすより良いからってことだよ」とやんわりとした笑顔でそう続けました。
とりあえず最悪の事態が起きている訳では無いということのようで一安心しました。

不安そうな私に、二人の先生は声をそろえて「延ばす理由が無いだけだからね」と、
笑顔で、しかし確かにしっかりとした声でもう一度告げました。


『もう先生方を信じてお任せするしかない』そう思いました。
私は「先生、よろしくお願いします」と、そう言うだけでもう精一杯でした
困

そして、先生方は私の前の方の手術があるため、すぐに出て行かれました。
私は引き続きNSTをつけて、手術を待つことになりました。

++++++++++

まず真っ先にスゥに連絡をしました。
声が震えないようにと深呼吸をして、心配させないようにとなるべく気丈に話しました。
「今日手術になったよ笑顔でも、赤ちゃんは大丈夫だよアップロードファイル」と。

航星の時のことを思い出させたくなかったのです。
私が泣いたり不安そうにしたら、きっとその時のことを思い出させてしまう。


あの時のこと・・・
「・・・赤ちゃんの心臓が止まっててね・・・。これから手術・・・・ごめんね。ごめんね。」
その恐怖をまたスゥに味わわせてはいけないと、とにかく必死でした。

++++++++++

午前8時半頃、友達からメールが来て「いよいよ明日だね!」って(笑)
「今から手術になったよ」って返事しちゃった。驚いただろうな・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined
それで緊張のたがが外れたのか、少しリラックスできました。
なので、ブログやmixiにこれから手術ですよ~なんて記事もアップしたり出来ました。
そしてまたNSTとのにらめっこ涙

午前9時頃、NSTを見つめているうちにやっぱり不安でどうしようもなくなって
ずっと支えてもらっていた天使ママに電話をしました。

声が震えたけど、突然手術になったこと、でも大丈夫そうなことを伝えました。
彼女の「どうしたの?大丈夫?」という優しい声を聞いて安心しました。
そして、2年以上ネットを通じてお話してきて、初めて声を聞いたことに気がつきました。
思ったとおり優しい声なんだなって思って、そして初めてやっと涙が出てきました。
彼女の声を聞いて、その存在の大きさにホッとして涙がボロボロとこぼれました。


電話を切ると、「手術の準備をしましょう」と助産師さんがやってきました。
NSTをいったんはずし、起き上がると足が震えていることに気がつきました。


マナ誕生の時・・・手術に至るまで① (ママの日記)

マナが誕生したその時のことを記録に残そうと思います。
それはとても突然のことでした・・・

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

朝早く目が覚めた。午前5時から日記をつけたり、ブログにお返事したり。
いよいよ!あと1日になったなぁって、思いながら・・・うふふ

午前7時半頃、いつもの朝のNSTが始まりました。
始めは好調で、看護師さんも「赤ちゃんお元気ですね~」っていつもの笑顔でした。
「あと半分頑張ってくださいね、また来ますね」とナースステーションへ帰っていきました。
私はいつものように一人でNSTをつけながらウトウトアップロードファイル

数分後、違う看護士さんがやってきて、突然「ちょっとごめんね、体制変えてみようか」と。
今まで1回40分、1日4回のNSTを10日続けてきて初めてのことでした。
いつも仰向けなのですが、横向きになってまた計測を始めました。
『どうしたんだろうアップロードファイル』って心の中で思いました。

そして、看護師さんは記録用紙をしばらく見つめます。
すると別の看護師さんや助産師さんが次々とやってきました。
私のNSTのデーターはナースステーションに転送されるシステムになっていて、
そのデーターを見て「あれアップロードファイル」って思った看護師・助産師さんが次々とやってきたようです。

「あっ、見たのアップロードファイル」「うん、見てね、あれっと思ってね・・・」「私、先生に連絡してくるね」って、
皆さんの表情はいつもの穏和で優しい看護師さんとは違っていました。

『何かが起きたんだ涙』そう思いました。
『どうしたのアップロードファイル赤ちゃん大丈夫なのアップロードファイル』って心の中がざわざわしましたアップロードファイル

不安そうな私を見て、記録用紙を見せて説明をしてくれました。
「ちょっとね、ここの線がね、少し緩やかに下がるでしょ。これはね、少し赤ちゃんの
元気がなくなっているかなっていう感じなの。」

記録用紙を見ると、ポポちゃんが寝ている時はいつも150前後に安定している心拍数が
15分で3回ほど、120くらいまでスッと落ち込む緩やかな線を描いていました。
『いつもと違う』パッと見てそう思いました。


それからバタバタと看護師さんや助産師さんが出入りしているようでしたが、
私の頭の中はただ一つの言葉だけが浮かんでいました。


『赤ちゃんは大丈夫なのアップロードファイル


しばらくして、ふとわれに返って思ったのは、


『でも、心拍音が続く限り、モニターが数字をあらわす限り、赤ちゃんは生きている。』
『そうだ、間違いなく生きているんだ。』


それからは、ずっとモニターの心拍数を見つめていました。


『お願い!心臓さん止まらないで!元気に動いて!ポポちゃん頑張って!!!』


それから、記憶は定かではないのですが・・・
朝食は食べたかどうか?最後に食べた時間は何時だったかを聞かれたように思います。

あぁ、これからすぐ手術になるんだと思いました。


早まりました (ママの日記)

アップロードファイル 11月7日(水) 37週0日 アップロードファイル

今朝のNSTで、赤ちゃんの元気がちょっと下がる兆候がでました。
そのため、1時間後に手術開始します。

急に手術ですが、ポポちゃんは元気です。
念のため、早めることになりました。

頑張ってきます!
行ってきまーす(^-^)/


皆さん、有難うございます (パパの日記)

アップロードファイル 11月6日(火) 36週6日 アップロードファイル

パパ日記です。

皆様、温かいコメント本当にどうも有難うございます。
なかなか、ちゃんとお返事できず、ごめんなさい。

コメントを読ませていただきながら、不安や緊張感が和らぐのを感じます。
心から感謝しています。それと、ちょっと恥ずかしい・・・。

前々回のパパ日記、読み返したら、感傷的過ぎて、ちょっと恥ずかしかったです。
でもまぁ、正直な気持ちですが。

今まで頑張ってきた妻は、本当に、何と言うか、言葉が見つからないけれど、
すごいと思います。

さて、ポポちゃん誕生まで、いよいよ、
あと1日ちょっとになりました。


[ 2007/11/06 23:25 ] マタニティ日記 | コメント(0)

先生方に支えられて (ママの日記)

管理入院中、病棟の先生とレジデントの先生は毎日「どうですか?」と回診に来てくださいます。
入院中ずっと、ちょっとしたこともよく聞いてくださり対処してくださいました( o´艸`o)

私は、両手足のアレルギーのことや、脇の下のしこりのことなどを毎回診てもらい、
あんまり心配そうにしているからか、皮膚科の先生も連れてきてくださいました。
両手足のアレルギーによる皮膚炎や脇の下のしこり(良性のふん瘤ではないかとのこと)も
診ていただいて、皮膚科のお薬もいただいて、安心して過ごすことが出来ましたアップロードファイル

病棟のU先生は明るくてさばさばした素敵な先生で、お休みにもかかわらず
私服に白衣をさっと羽織って回診に来てくれたこともありましたアップロードファイル

レジデントのS先生は「あと○日ですね~アップロードファイル」って毎日カウントダウンしては楽しみにしてくれ、
私のどんな些細な話も一生懸命聞いてくれました。

++++++++++

そして主治医の塩田先生は、外来や手術もあってお忙しいというのに何度も来てくださいましたハート

入院の翌日には「入院して気持ちは落ち着いた?」と優しく聞いてくださり、
私の入院しての気持ちの変化などを聞いてくれました。
その後も1日おきに会いにきては「どうかな?」「何か不安なことは?」と声をかけてくれ、
そのたびに「もう少しだね」「がんばろうね」「大丈夫だよ」って言ってくれました笑顔

塩田先生は口数の多い先生じゃないけれど、一つ一つの言葉に優しさがあって
ホッとするひと言をポンと投げかけてくれるんです。
先生の言葉に何度も何度も救われてきましたキラキラ2


手術に関する説明も、手術の数日前にもう一度じっくりとお話してくれました。
当日の流れやリスクのことなど具体的に、分かりやすく。
そしてその時も「もう少しだね」「がんばりましょうね」と笑顔で励ましてくれましたアップロードファイル

そして、手術を予定していた2日前(実際には生まれる前日)には
「いよいよだね!前回は大変だったけれど、今回は大丈夫だよ。」
「安心して、赤ちゃんを楽しみにしてね」と言ってくださいました。

私は本当に嬉しくて嬉しくて、塩田先生で良かったと心からそう思いましたrainbow

++++++++++

素敵な先生方に支えられて、そして私はマナを腕に抱くことが出来たのです。
なので、先生方にはこの感謝を伝えたいって思うのですが、なかなかできず・・・

私はとっても口下手なので上手にお話が出来なくて、先生方に何度も感謝の気持ちを
伝えようと思うのですが、うまい言葉が出てこなくって・・・アップロードファイル
本当は言葉では表せないくらいの気持ちがいっぱいなんですけどね涙

今回の妊娠・出産で塩田先生にお会いできる最後の1ヶ月検診が迫っているので、
そのときにうまく話せるように練習しようかな・・・・「・テ・ラ?`・ノ・ユ・。・、?undefined


管理入院中の検査 (ママの日記)

もしまた赤ちゃんを授かった時のために、入院や手術に関して記録として残そうと思います。
そして、聖路加での出産を迷っている方のために参考になれば・・・

アップロードファイル 10月29日(月) 35週5日 ~ 11月6日(火) 36週6日 アップロードファイル

管理入院中、毎日色々な検査を行いました。

1. 毎食前と就寝前のNST
    →1日4回、1回40分~1時間のNST(ノンストレス検査)。
     データーはナースステーションに送られて、その場にいる助産師・看護師がチェック。
     検査用紙は先生が毎日チェックしてくださいます。

2. 毎食後の血圧・検温・ドップラー
    →血圧が上昇していないか、ポポちゃんの心音は正常かどうかのチェック。

3. 水分摂取量と排泄量のチェック
    →何かを飲んだり、出したり(笑)するたびに量を測って記入。
     むくみをチェックするためのよう。

4. 超音波エコー検査
    →病棟医師による超音波エコー検査。3日に1回くらいで毎回40分ほど。
     LDR室の診察室やお部屋で行いました。
     病棟医師のもと、レジデントの先生の練習もあるのでけっこう長い時間。
     でも、私はしっかり診てもらえるので長い方が嬉しかったです。

5. 妊婦検診
    →入院中も妊婦検診を行います。
     体重チェック・尿検査・血圧・むくみなどのチェック。

検査は以上の5項目。とっても念入りにしていただいたと思います。

水分摂取量と排泄量のチェックも最初は回数のみだったけれど、
塩田先生の最初の回診で朝の血圧が高めなことをお話したらより細かいチェックへと
変更になったので、先生が私の症状に合わせてオーダーしてくださっていたみたい。

後に、このNSTが非常に重要な役割を果たしてくれたので、管理入院していて良かったと、
きちんと検査していただいて良かったと思うことになるのです。。。


眠れない(ノ_・。) (ママの日記)

アップロードファイル 11月6日(火) 36週6日 アップロードファイル

1日4回のNSTとドップラーによる検査があり、
先生&レジデントが1日3人も回診してくださいます。
お話も良く聞いてくれ安心。

助産師さん達も私の体調をよく知っていて、
金属アレルギーの私のためにお部屋の金属に保護テープを
張ってくれました。
行き届いた看護で、本当にありがたいです。

こんな風に順調と思われた入院生活なのに…
実は夜ちゃんと眠れていません。

ここは完全個室で、部屋の音は全く聞こえませんが、廊下の大きな音は聞こえてきます。

基本は母児同室なのですが、新生児室に預けられた赤ちゃんは、
お腹がすいて泣くと皆さんの病室に届けられます。
夜中、その泣き声にハッと目が覚めてしまうのです。

2年前、泣かない我が子を前に聞こえてくる元気な赤ちゃんの泣き声。
気が狂いそうだった2週間。
その時の辛い気持ちを思い出してしまうのです。

耳をふさぎ、ベッドで小さくなってしのいできたけど…
ついに4日には一人で抱え込めず、ギブアップしてスゥに泣きつきました。

もう会えると信じて疑わなかった臨月での死産。
その恐怖は元気な我が子の産声を聞くまで、きっと拭えないのだと実感しています。

「元気な声だね。可愛いね。ポポちゃんはどんな声だろう。」と、

あと少しでポポちゃんの声を聞けるのだと自分を励まして過ごしています。

昨夜、スゥが耳栓を探して買ってきてくれました。
おかげで4時間ほど眠れました。

あと2日。
よく寝て、体力つけなくちゃ。



病室より (ママの日記)

アップロードファイル 11月3日(土) 36週3日 アップロードファイル

思ったより携帯からのアップが難しく、なかなか日記が書けません(+_+)
ごめんなさい。

入院生活は順調です。
至れり尽くせりで快適なうえ、毎日の検査も診察も丁寧で安心して過ごしています。

スゥは毎日来てくれて、着替えを届けてくれています。

そして6日間で、どんままさん・heureux,さん・青空さん・母親学級のお友達
両親・妹がお見舞いに来てくれました。
毎日、寂しいという暇がないくらいで嬉しいです。
本当に感謝の気持ちでいっぱい☆

どんままさん&青空さんには可愛い可愛い王子さまを見せて頂いて、
早く私もポポちゃんを抱きたくなりました!

3日おきの超音波エコーでもポポちゃんは順調です。
11月1日のエコーで、推定体重は2,780g!

あと5日、あと少し!

何度か夜に不安で泣いちゃったりしたけど、廊下で会う赤ちゃんを見る度たびに、
もう少しでポポちゃんに会えるんだ!と自分を励ましています。

聖路加のケアは細かくて、何年後かの私自身のためにも、次に続くママさんたちの
参考にも、日記に残したいと思っています。

が…携帯からなので書きにくく、読みにくいので、退院して
また後日にゆっくり書こうと思いますo(_ _*)o

ではでは、また~♪(*^ ・^)ノ⌒☆


プロフィール

スゥ&マヤ

Author:スゥ&マヤ
  結婚7年目の二人です。
  お空にお兄ちゃんの航星がいます。
  地上に妹のマナちゃんがいます。
  猫の葉菜、お空の猫クゥも家族。
  6人家族です♪

いくつになったの

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